ふた☆みく 04

 大好きなその背中が、遠ざかって行く。

(……っ待って! まってください、マスター!)
 独りにされるのは彼女にとって恐怖に近かった。人間ではない彼女にとって、己の主であるマスターこそが絶対の存在であり、意義ですらあるのだ。
(まって、置いてかないで、マスター、ますたぁ!?)
 叫んでいる筈なのに声が出ない。それどころか全身が鉛のように重く、指一本ですら動かせそうになかった。
(マスター、タスけてください、マスターっ、ますたぁっ!!)
 必死になって身体を動かそうとする彼女の、腕が急に後ろへと引き戻された。
(え? ……あ、な、ナニ……?)
 辛うじて動く瞳で捉えた視界の端、背後から伸びた黒い触手が手首に巻き付いていた。
(……ッひ、な、なにコレ……? ナンですか、こんなの……っひぁっ!?)
 動けない彼女の躯はぐいと後方へ引かれる。体勢を崩した彼女に、背後から無数に湧いた触手が絡み付いて来た。
(ひっ、い、いやっ、イヤです!? きもちわる……っんぐぅ!?)
 人の腕程の太さのそれが口の中に入り込んで来る。半透明の触手は内側が黒く内部を気泡がずるずると動いている。全体は生臭くぬめり、柔らかいそれは粘着質に彼女の口腔を犯していた。
 無数に背後から生えて来たそれは、容易に彼女の肉体を拘束する。そればかりでなく、衣服を纏わぬ彼女の全身を舐めまわすように探っているのだった。
(や……っだ、イヤです、こんな……っマスターの前なのに、他のモノに触られるなんて……っ)
 口の中を塞ぐ触手は器用に歯ぐきの裏を探り、舌に絡み付き、絶妙に彼女の性感を煽る。両脇から差し込まれた二本は彼女の乳房に纏わりつき、粘り気のある先端で乳首を吸い上げていた。
(イ……ヤ、なか、中に……入っちゃだめっ、ダメなの……っひゃうぅんッ!?)
 必死に両脚を組んで侵入を拒もうとするも、両足首にしゅるしゅると巻き付いた触手は簡単に彼女の脚を割り開いてしまう。幾本となく伸ばされるそれは太股を擦り、女陰の襞を艶めかしくなぞった。何時しか溢れた蜜が擦られる度ににちゃにちゃと音を立て、そして触れられずに煽られたもう一つの部位へと快感を送り込む。
(あ……っそんな、今勃起なんてシタら……ッア、ァ……焦らされるの……やだっ)
 いけないと思えば思う程に切なさが高まって行く。何時しか彼女の割れ目は物欲しげにひくつき、ペニスは刺激を求めて硬く屹立していた。
 先端から滲み出た潤いを触手が見逃す筈がなかった。
(っひぅうッ、……あ、ぁ……ミクのおちんぽに絡み付いて……ッふぅうんっ、吸い込まれるっ、ミクの、とけちゃいそうですゥッ!!)
 肉棒に螺旋状に触手が絡み付き、まるで無限の穴に呑み込まれているような感覚に全身が震える。そのままにちゃにちゃと、音を立てて扱き続けられれば、しどけなく口が開き濡れた呼吸音が響き出すのを抑えられなかった。
(あ……ぁ、おチンポ、おちんぽシコシコって……あひぃっ! 吸っちゃらめ、うっひゃぁんっ、出ちゃ……精液しぼりとられちゃぅう!!)
 ペニスに絡み付いた触手の先端が空洞を作りだし、亀頭を包み込む。内部で吸引し、鈴口から滲み出した先走りを吸い取られては、最早射精を堪えるのも困難だった。
(……い……ぁ、だめ、ダメッ、もうイク……ッあっひゅぅんっ! そっち、そっちはダメ……なかっ、ナカに……ミクのおまんこまで犯され……て……イっくぅぅう……っ!!)
 完全に緩み切った彼女の割れ目に、ぬるりとした触手はいとも容易く入り込んで来る。そんな太さ入らないなどと思うのは本の瞬間、器用に彼女の膣の形に姿を変える触手はみっちりと内部に侵入し、襞を内側から押し上げる。Gスポットに張り付いた粘膜が内壁を吸い上げ、切なさに先に絶頂を迎えたのは雌の部分だった。
――ぷっしゃぁぁあッ
 ぶっとい触手に内側から強く押し上げられ、彼女は勢い良く潮を噴き上げる。同時に竿を激しく扱かれ、触手の先端に包まれた亀頭を強く吸われる。顔を仰け反らせるも口の中を犯す触手は抜けることなく、一層強く舌に絡み付いていた。
(ぁ……っは、あっはっ、イクっイクのッ……マスターの前なのに、犯されてイッちゃぅ……ッ! あっア……マスター、ますた……見ちゃダメ……っ)
 自らの主に痴態を見られてしまう、と考えるだけで彼女は一層の絶頂を極めて行く。
 しかし、彼女の主は背を向けたままだ。触手に襲われ愛液を垂れ流す彼女に見向きもせず、足早に遠ざかって行く。
(や……だ、いかないで、マスター! マスター、ますたぁ、見て、ミクの変態な姿、みてッ)
 全身を痙攣させながら、彼女は主の背に縋るような視線を向ける。それなのに彼の人は振り向いてはくれない。
(あ……ぁ、ア……いで……ッひ、やっぁぁっ、出るっ出ひゃうぅッ、す、たぁ……っますたぁ見てっミクのことみて、すて、ナイでぇっ!!)
 必死の願いにも関わらず主は彼女を置き去りにしてしまう。ふと、その横顔がこちらを向く。期待に顔を輝かせる彼女に、しかし主は蔑んだような冷たい目だけ向けて去って行ってしまった。
(……っいや、です……っいかないでッますたぁっ!!)
 悲痛に胸中叫ぶも彼の人には届かない。絶望に打ちひしがれる心とは裏腹に、肉体は快楽に抗えず溺れて行くのみだ。
 彼女の悦楽に答えるかのように背後からは無限に触手が湧き出て彼女の肢体を貪るように弄っている。上も下も全てを犯され抜かれ、彼女の流す涙は最早理由すら解らない。無様で淫らな彼女の躯は、次第に触手の作りだす闇へと呑み込まれて行った。



「――っま……ってッ、……スタ、ますたぁ!!??」
 自分の叫び声で目が覚めた。
 喉が引き攣れ息苦しい。全身汗びっしょりで目が覚めた彼女は、自らがベッドに横たわってることに気付いた。
 見知らぬ部屋である。元は白かったのだろう天井に浮いた染みを見ながら、彼女は目を瞬かせる。躯が鉛のように重い。まるで人間で言うところの疲労を感じているようだったが、しかし機械人形である彼女のそれは単なる経験からなる感覚でしかない。
 無視しようと思えば出来るも、極力人間らしく振る舞うよう調教されて来た彼女は、気だるさを味わいながらゆっくりと上体を起こした。小ざっぱりとしたシーツに腰かけながら、きょろきょろと辺りを見回す。狭いワンルームだった。無機質な白い壁に囲まれた部屋には、彼女の座るベッドと、向かいに見えるパソコンと、一人分の飯を置けば一杯になりそうな脚の低いテーブルしかない。右手に設置された申し訳程度のキッチンは使用された形跡はなく、空になったコンビニ弁当のパックが洗われもせずに積まれていた。
 察するに、独り暮らしの男の部屋である。
(あれ? ……何でミク、こんな所にいるんでしたっけ? 確か……)
 記憶回路を辿り、経緯を思い起こした彼女は目を見開いた。突如として湧き起こった絶望が身を包む。僅か震える彼女の肢体は衣服を纏っていない。どろりと身の内に滞る体液は決して夢の残滓というだけではなかった。
(ミク……ミク、ステられて……ますたぁ、どうして……)
 知らず彼女は頭を抱え小さく縮こまっていた。ふるふると首を振る度に長い緑の髪の毛が白い背中を打つ。
 裸のまま暗い路地裏に放置されてから恐らくそう長い時間は経っていない筈だった。無情にも去っていく背中、追いすがろうにも拘束され動かない躯、悲しみに打ちひしがれる心と裏腹に快楽に溺れる浅ましい自分。
(ゆめ……さっきの、夢……どこまでホントウだったの……?)
 信じたくない気持ちが頭の片隅にあるも、それが現実だったことは疑いようもなく脳裏に刻み込まれている。
 記憶を辿った彼女は、ふと、片隅に知らぬ男の顔が浮かぶのに気付いた。彼女が絶頂を迎えた瞬間に、攻め立てていたあの男。知らない男だった。それなのに彼女を見て、嘲るように笑い、そして――


(……っぁ、何で……なんでミク、思い出しただけで……)
 じゅん、と身体の奥底から滲み出て来るものがある。それを否定したいのに、ぎゅっと組んだ太股の間に欲情が募るのは抑え難かった。
 もじもじと組んだ脚を動かすと挟まれた睾丸が刺激されて、次第に勃ち上がる欲望は無視出来ないものになっていた。
(……でも……ダメです……こんな、しらないヒトの部屋で……冷静にならないと……)
 踏まれた記憶を思い起こしているだけで反応し出す躯を、鎮めるべく彼女は辺りを見回す。欲情に濡れた瞳で見回す先、ふと、枕元に置かれたそれに気付いた。
 見覚えがある、というのは間違っているのかも知れない。しかしそれに似たものは彼女も知っている。昔、彼女の主にそうしたプレイの一環として、渡されたこともある。
「……何で……くびわ?」
 シーツの上に置かれたそれは、真っ赤な首輪だった。大型犬に使える程の大きさであり、全体に鋭い鋲が穿たれている。彼女が持ち上げればじゃらじゃらと銀の鎖が音を立てる。鎖の先は、パイプベッドの柵に繋がれていた。
 何故、こんな所にこんなものが。疑問に思う彼女の下腹部で、抗いようもなく欲望が酷く疼き出すのが解った。

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